2004年08月15日

彦根空襲

 朝日新聞滋賀版(8月12日)は「終戦59年目の証言」として、米軍戦闘機の機銃掃射で命を失った永源寺町の2人の兄弟ことを報じています。彦根にも空襲はありました。昭和20年6月に近江航空(近江絹糸)に爆弾が落ち、近江鉄道の電車が機銃掃射を受けました。何人か負傷されたようですが、その中で小学校の先生であった井上英貞さんは片腕を失くされました。県史によると、県民の戦死者は3万2592人、空襲による死者は53人、負傷者は180人を超えています。最近新たに判明するケースもあり、「平和記念館」の建設計画を進める県では情報提供を呼びかけています。

 「終戦59年目の証言」は電子版でも読むことができます。
 http://mytown.asahi.com/shiga


posted by 市川純雄 at 07:58| 滋賀 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
彦根の空襲思い出しますね。誤爆かもしれませんが、シュルシュルという音とともに、水産試験場よりもっと日夏よりの田んぼに、爆弾が落ち、直径10−20メートル、深さ10メートル位の大きな穴が出来ていたのを、見に行き驚きました。近くに住んでおられた、井上英貞先生はその時腕をなくされたのではという記憶がおぼろげにありますが、近江鉄道での機銃
掃射で怪我されたのかもしれませんね。
それと今日NHKのスペシアル番組でやってましたが、
小生がうろ覚えに覚えていた小学生対象のすごい歌
(勝ち抜く僕ら少国民)、歌詞がはっきり判らなかった
のですが、数年前近くの図書館で調べましたら判りましたので第一節だけ書きます。本当にひどい歌です。
ちなみに(少国民)とは今は死語になっていますが
広辞苑では(第二次大戦中の言葉で、年少の国民の意
で、少年、少女のこと)となっています。

  勝ち抜く僕ら少国民
  天皇陛下の御為に
  死ねと教えた父母の
  赤い血潮を受けついで
  心に決死の白襷
  かけて勇んで突撃だ

  第二節以降ご希望のかたはお知らせいたします。

  戦争のない平和な国でありたいですね。    

Posted by 市川 令史 at 2004年08月15日 22:43
 水産試験場近くに爆弾が落ちたという記録はないようです。自衛隊機が開出今付近に墜落して大きな穴ができたことがありましたので、それとの記憶違いではないでしょうか。井上先生は近藤修三君(一昨年亡くなりました)と同じ旧仲組西町に住んでおられ、近江鉄道の機銃掃射で負傷されたのはほぼ間違いないと思います。
 蓄音機でSPレコードの「戦友」など聞いたことを思い出します。なお、軍歌に関しては「軍歌歌詞」で検索するといろんなサイトがあり、歌詞は勿論、演奏を聞くことができるところもあります。
Posted by 市川 at 2004年08月16日 15:05
井上先生の件は小生の記憶間違いでした。爆弾か、それらしい飛行機の部品かはっきりしませんが、国民学校の2−3年時に、田んぼの中に大きな穴があいていた事は、はっきりこの目でみました。自衛隊機であれば、ずっと後の事だと思いますが・・・・
Posted by 市川 令史 at 2004年08月16日 16:05
今日は京都の大文字焼きの日、小生の誕生日です。ビールを飲みながら、田んぼに落ちた爆弾のこと考えていました。ふと思いついたのは小生の言葉足らずで、爆弾が落ちドカーンと爆発したのではなく、いわゆる不発弾(この言葉が出てこなかった)が落ちてきて大きな穴をあけたという事実です。だから本当の意味の爆撃のための爆弾は落ちたという記録はないと思います。
Posted by 市川 令史 at 2004年08月16日 22:15
私は女学校4年生の時近江絹糸に学徒動員でいっておりまして 其の時米軍による機銃掃射を受け 溝の中にうつ伏せになり 避難したのを今も生々しく記憶に残っております それから59年〜の歳月が流れ近江絹糸では 飛行機の翼のびょう打ちをした事を 懐かしく思い出しております あの時は絶対戦争に勝つと信じておりました ・・・・・  
Posted by 岸本 at 2004年08月17日 00:54
私は終戦のとき、城南小学校の3年生でした。
終戦の年の6月に城南小学校に爆弾が落ちました。
私は勿論、自宅へ帰っていましたが、自宅のガラス窓は大変破損しました。
爆弾の落ちたあとは大きな池になりました。
冬には氷がはって、滑れました。
Posted by 門野久義 at 2013年06月08日 20:51
爆弾が落ちた当時城南小学校の生徒さんだったのですね。爆弾の落ちた跡は大きな池になっていましたか。戦争の悲惨さを体験した世代も少なくなってきました。私たちの世代が語り継いでいく責任がありますね。
Posted by 市川 純雄 at 2013年06月09日 08:52
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